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2007.01.08 坂本博之#2
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前回のお話の続き。

1回目の挑戦が終わった。決して調子が悪かったとは思わなかった。

ただ単にチャンピオンとの実力に差があった事、ボクシングが

噛み合わなかった事。ボクサーとファイターが戦う場合、必ずと

言っていいほどファイターはボディーを狙う。そしてボクサーの

命である脚を止める。逆にボクサーはファイターの強打を掻い潜り、

的確にパンチを当て、ポイントを稼いでいく。チャンスを狙って

カウンターを狙う。パンチが当たらなければ脚を止める事は出来ない。

そう簡単ではない。

そして2度目の世界戦はセサール・バサン戦。このチャンピオンは

ボクサーファイタータイプ。脚も使えて、打ち合いも出来る。

もちろん会場で観たが、あまり強いという印象は受けていない。

ジョンストン戦よりはパンチは当たったが、やはり判定で敗れて

しまう。

3度目の世界戦・・・彼がベルトに、世界チャンピオンに最も

近づいた試合である。相手はヒルベルト・セラノ。豪腕が火を吹いた。

2度も簡単にチャンピオンが倒れた。なのに・・・なのに・・・

瞼が腫れて視界を塞いでしまった。今までに瞼を切った事は何度かあった。

でも切れてはいても腫れた事なんかなかった。もしも切れていれば

腫れる事はなかったかもしれない。5R試合続行不可能でのTKO負け。

テクニカルノックアウト、レフェリーストップである。

今でも悔やんでも悔やみきれない1戦。本人はもっと悔やんでいると思う。

その試合を観客席で観戦していた一人の男がいた・・。

続く。
2007.01.06 坂本博之#1
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今日は大好きなボクシングを観て来ました。今日は日記長いよ!

ボクシングにはまって早18年余り・・。私のボクシングオタク

に火を付けてくれたのはこの選手・・そう『坂本博之』。

彼の壮絶な人生はボクシングファンで知らない人はいないだろう。

物心が付く前に両親は離婚、わずか5歳にして弟と二人で人生を

歩む事になる。生きる為にザリガニやフナを食べたり、生きる

為に肉まんを万引きしたり・・自分の快楽の為の行動とは訳が

違う。和白青松園という養護施設からの彼の人生は一般人からでは

とても想像も付かない人生である。そんなハングリーさがあった

からこそ、彼は上へ上へと登って行く事が出来たのであろう。

しかし神様はそんな彼を見捨ててしまった。

日本チャンピオンまでの道のりはとても華やかなものだった。必ずや

世界チャンピオンになれる!皆そう感じていたはず、もちろん僕も

そう思っていた。しかし初の世界戦では「力だけではボクシングは勝てない」

会場で試合を観ていて、そう教えられた試合であった。当時の

チャンピオンは、スティーブジョンストン。試合後の坂本選手が

「風船のようだった。」と話したとおり、全くと言っていいほど

彼の豪腕がジョンストンを捕らえる事はなかった。初の世界戦は

判定負けで終わる。

ボクシングには「ボクサータイプ」と「ファイタータイプ」が

ある。「ボクサータイプ」というのは、ようはテクニシャン。

的確にパンチを当てられ、技術でパンチを避ける。最近の試合で

いえば、ランダエタ戦での亀田興毅のボクシングが解りやすい。

「ファイタータイプ」というのはまさに逆で力でねじ伏せる感じ。

頭を低く相手の懐に入り、強打で相手を倒す。まさに坂本選手や

マイクタイソン、最近では21戦21勝21KOのエドウィン・バレロ

などがあてはまる。


おっと、時間が無いから今日はこの辺で・・。また明日も坂本博之のお話だい♪
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